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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)81号 判決

原告

酒井正美

被告

水沢化学工業株式会社

代理人

小田島平吉

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

〈前略〉

第二 原告の請求原因

一、被告は、特許第五〇一、三九四号「塩化ビニル樹脂配合用安定剤兼滑剤の製造法」の特許権者である。原告は、この特許について特許庁に対し無効審判を請求したところ(昭和四二年審判第七、八〇六号事件)、特許庁は昭和四四年六月二六日審判の請求を却下する旨の審決をし、その謄本は同年七月二一日原告に送達された。

二、この審決の理由の要旨は、「特許無効の審判の請求は利害関係人でなければすることができないと解されるところ、審判請求人(原告)は右審判を請求するについて利害関係を有しないから、その審判請求は不適法である」というにある。

三、しかし、現行特許法上、特許無効の審判を請求するについて格別の利害関係を必要とするものではない。審決は、判断の前提において法の解釈を誤り、そのため誤つた結論に到達したもので、違法であるから、その取消しを求める。

すなわち、

(一)  旧特許法(大正一〇年法律第九六号。以下同じ。)第八四条第二項は、特許無効の審判について、「前項第一号ノ無効ノ審判ハ利害関係人及審査官ニ限リ之ヲ請求スルコトヲ得」と規定し、特許無効審判の請求人には利害関係の存在が必要であることを定めていたが、現行特許法にはこれに相当する規定がない。これによつてみれば、現行法は、旧法に規定していた右の事項を、意識して削除したと解するほかなく、このような法改正の経緯を無視して、現行法につき旧法と同様の解釈をとることは不当である。

(二)  また、無効審判制度の本質からいつても、その請求人適格は利害関係を有する者に限られるべきではない。

法が特許を無効とすべき事由として規定する事項、すなわち、無効審判において請求人が主張しうる内容は、ほんらい特許出願のさい特許すべきでない事由として審査官が職権により調査すべきであつた事項と本質的に一致しており、したがつてそれは、特許異議の申立てにおいて申立人の主張し得た事項とも本質的に一致する。

特許異議の申立ては、いわゆる公衆審査として申立人適格になんらの制限がないのに、これとなされる時期を異にするだけで、内容においては右のように同じである無効審判について請求人適格を制限することは、合理的な理由を欠き不当である。

第三 被告の答弁

一、請求原因一、二の事実は認めるが、同三の審決を違法であるとする見解は争う。

二、現行特許法が旧法第八四条第二項に相当する規定を欠くからといつて、それだけで無効審判の請求につき利害関係を要しないと解することはできない。特許法は、特許異議の申立てについては「何人も」これをすることができる旨規定しているのであつて、このような規定を欠く無効審判の請求においては、それが司法に準じた争訟形式であることにかんがみ、「利益なければ訴権なし」との一般原則が適用されると解すべきである。したがつて、本件の無効審判の請求にあたり格別の利害関係を有しなかつた原告の審判請求を不適法として却下した審決の判断に違法はない。

理由

1原告の請求原因一、二の事実(特許庁における手続経過等および審決の理由の要旨)は、当事者間に争いがない。

2そこで以下、特許無効の審判を請求しうる者が利害関係人に限られるかどうかの点について判断する。

3旧特許法には、特許無効の審判の請求人適格について原告指摘の明文の規定があつたが、現行の特許法はその点についてなにも規定するとところがない。

このような新旧法の間の条文上の改変が、必ずしもつねに実質的な規定内容の改変を意味するものでないことは、いうまでもなく(解釈上わかることを注意的に規定して法の適切な運営をはかるというのも、逆にまたかように解釈上おのずから明らかなことを定めた規定があるために、その解釈をめぐつて紛争をしげくしたり、そのおそれがあるとすれば、かような解釈上明らかなことを条文のおもてに出すのをやめるというのも、立法技術的考慮といえよう。)、当裁判所は、つぎに要約する理由により、現行特許法のもとでも、特許無効の審判を請求しうる者は、当該審判請求について法律上正当な利益を有することを必要とするのであり、その点で旧法におけるのと異ならないものと解する。

(1)  特許法は、同法に規定する手続で、その利用または関与に何らの資格を必要とせず広く公衆に開放されているものについては、法文上とくに「何人も」これをなしうる旨を明記していること(例えば、特許異議の申立てについての同法第五五条第一項―第一六五条第一項により訂正異議の申立てに準用される場合を含む。―および特許に関する証明等の請求についての第一八六条)。

(2)  特許法が特許無効の審判について規定しているところによれば、この審判はいわゆる準司法的な争訟手続の性格をもつて構成されており、したがつて、それには「利益なければ訴権なし」という訴訟の原則がほんらい妥当すると考えられること(その意味で、特許無効の審判は、特許異議の申立てとは手続の性格を本質的に異にするから、審理の対象となる事項が同一であるとしても、審理開始の権能をだれに与えるかという点で両者間に差異があることは、異とするに足りない。)。

(3)  特許法第一四八条第三項によれば、審判における補助参加人の適格として利害関係の存在が要求されており、これとの均衡上から考えても、被参加人の立場にある審判請求人、あるいは同条第一項により請求人として審判に参加する者について、そのような適格を要求する旨の明文の規定がないからといつて、何らの適格をも必要としないと解することは適切でないこと(同条第三項の補助参加は、無効審判の被請求人側の参加について主として実益があると考えられるが、条文上請求人側への参加を除外する趣旨とみるべき根拠はない。)。

(4)  商標法において、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)には、商標登録取消しの審判および商標または商標権存続期間更新の登録の無効の審判は「利害関係人及審査官ニ限リ之ヲ請求スルコトヲ得」る旨規定されていた(同法第二二条第二項)ところ、現行商標法は、商標または商標権存続期間更新の登録の無効審判および不使用による商標登録取消しの審判については、審判請求人の適格についてなにも規定せず(その点で、前記特許法における条文上の改変の関係と同様である)、一方、誤認混同を生ずる使用にもとづく商標登録取消しの審判については、とくに「何人も」審判を請求しうることを明記していること(商標法第四六条、第四八条、第五〇条各第一項および同法第五一条、第五三条各第一項)(もとより特許法と商標法とは別個の法律であるけれども、両法の審査、審判等の手続面における類似性と、上記審判請求についての法改正のしかたが対応、並行していることから考えれば、両法の改正を比照して改正の趣旨をさぐり、改正法の解釈に資することは、じゅうぶん理由のあることといえよう。)。

4以上のとおりであるから、特許無効の審判の請求は利害関係人でなければすることができないとした審決の前提に、原告主張の誤りはなく、原告が右審判の請求をするについて格別の利害関係を有しないことは本訴弁論の全趣旨により明らかであるから、原告の審判請求を不適法として却下した審決には違法はなく、その取消しを求める原告の請求は失当であるからこれを棄却……する。

(古原勇雄 杉山克彦 武居二郎)

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